季節の変わり目、家族がゆったり過ごせるようにと、大きな布団の上に乗り、掃除機で懸命に空気を抜く。
そのあなたの健気な姿は、家族への愛情そのものです。
しかし、クローゼットの奥で少しずつ空気を吸い込んで元に戻ろうとする袋を見つけるたび、またやり直さなければという静かなため息をついてはいませんか。
家族を想うその素晴らしい手仕事が、休日の朝の穏やかな時間を、見えない形ですり減らしているとしたら。
家族の生活空間を少しでも広くするための、健気な努力
圧縮袋に込めた、家族への優しい思いやり
子どもの小さな服や、季節の温かい布団。
大切なものを手元で守り抜こうとするあなたの優しい思いやりは、本当に素晴らしいものです。
カビがこないように風を通し、防虫剤を取り替える。
その真面目な愛情ゆえに、いつのまにかあなた自身が大切なお品の管理人となり、家族で囲む温かい食卓の時間や、休日の朝の静かなお茶の時間を、モノのお手入れ作業にそっと譲り渡しているのです。
モノを大切にするという美しい心が重なった結果、今の家族が手足を伸ばして笑い合える空間を、少しずつ窮屈にしてしまっているという葛藤があります。
膨らむ袋と戦い続ける、休日の静かな負担
掃除機を押し当て、カチカチになるまで空気を抜く。
家を少しでも広く使いたいというその一心で、定期的にその作業をこなすあなたは、家族の暮らしを支える屋台骨のような存在です。
ただ、袋は時間が経てば必ず空気を吸い込み、元のふっくらとした形に戻ろうとします。
大きくふくらんだ袋を見るたびに、また掃除機を出さなければならないのかと、肩を落とすことはないでしょうか。
膨らむたびにやり直す、終わらないお片付けの正体
自然の働きと、それを押さえ込む手間の限界
そのままにしておくと、おうちの中のモノは自然と部屋いっぱいに広がっていくという、毎日の生活の当たり前の流れがありますね。
おうちの中にたくさんのモノを抱えたまま、なんとか小さくして整理整頓で解決しようとするあなたの頑張りは、この自然の大きな働きに一人で立ち向かっているようなものです。
それは、自然とふくらもうとする力を両手で一生懸命に押し込み続けるような、いつまでも終わらない力比べになっています。
視界のノイズが持っていく、家族の笑顔のエネルギー
お休みのたびに、パズルを解くように収納をやり直す。
その真面目な愛情が、休日に子どもと思い切り遊んだり、家族に優しく笑いかけたりするための、大切な体力と時間を奪ってしまう原因になっているのですね。
部屋の中にモノがあふれていて、いつでも目に入ってくる状態は、気づかないうちに頭を疲れさせてしまいます。
その結果、ご家族のその日の出来事をゆったりと聞くための、気持ちの余裕を少しずつ減らしてしまうのです。
米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の調査でも、たくさんのおうちを丁寧に観察した結果、このことが確認されています。
モノであふれたお部屋では、家族が手足を伸ばして、のびのびと深呼吸できる空間が少しずつ少なくなっていく傾向があります。
論拠The Clutter Culture | 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
圧縮するという労働を手放した、私の身軽な選択
収納という役割を、家の外へお引越しする
私は、この終わりのない作業からそっと降りることにしました。
『またあれをやり直さなきゃ』と気にかけることを、おうちの外のきちんとした環境へまるごとお預けしてみませんか。
そうすることで、驚くほど頭の中がすっきりと軽くなるのですよ。
ふっくらしたまま預けて、床の広さを取り戻す
家の中にある何もない床の広さは、そこに住む人に心地よい自由を与え、家族が安心して笑い合える温かい空気を作ってくれます。
かさばるお布団をふっくらしたままの形で外へお任せし、広い床を確保することは、家族が仲良く過ごすための大切な準備なのです。
掃除機を、ただ空気をきれいにするためだけになめらかに滑らせる日常へ
私は今、ふくらむ袋と格闘する時間を手放し、休日の朝はただ温かいコーヒーを淹れるためだけに時間を使っています。
家族がゆったり座れる場所を作るために、これからもご自身の両手を使って、反発する力を懸命に押し込み続けるのか。
それとも、モノを元のふっくらした姿のまま相応しい場所へ委ね、掃除機をただお部屋の空気をきれいにするためだけになめらかに滑らせるのか。
どちらの景色がご自身にとって心地よいものか、選ぶ権利はすでにあなたの手の中にあります。